最高の接客とは?について本気出して考えてみた

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考え方
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「最高の接客」というワードを見つけたので、

僕なりに「最高の接客」について本気出して考えてみました。

 

結論を先に言っておきます。

 

「相手にとっての最高を想像して体現する接客」という身もふたもない結論です。笑

 

なぜそう思ったのか?を紐解いていきます。

 

**接客の他に「接遇、おもてなし、サービス、ホスピタリティ」といった言葉があります。

厳密に定義していくと意味も立ち位置も違う言葉ですが、便宜上この場では「接客」という言葉で統一します**

 

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◆最高の接客とは?

こういった抽象的な言葉の場合、

僕は言葉の定義をはっきりさせることが大事だと思います。

 

まず「最高」を調べてみましょう。

…高さ・位置・程度が一番高いこと(Wikipedia)

 

次は「接客」を調べてみましょう。

…客を接待すること(Wikipedia)

 

まぁ、ここまではわかりやすいです。

 

接待という言葉が出てきましたが、

接客同様、少し抽象度が高いです。なのでもう少し具体的にしていきましょう。

 

「接待」について調べてみると。

…客をもてなすこと。湯茶・食事などを出してふるまうこと。

だそうです。

 

接客=接待=もてなす

まだ同じくらい抽象度がたかいです。

 

では、今度は「もてなす」とはどういうことか?

1、人を取り扱う。待遇する。あしらう

2、心をこめて客の世話をする。馳走 (ちそう) する。

だそうです。

 

ここで少し具体的になりました。

僕は飲食業なので「心を込めて客の世話をする。馳走する」を中心に据えてみます。

 

つまるところ「最高の接客」を言い換えると、

「心を込めて客の世話(待遇)をする程度が一番高いこと」と定義することが出来ますね。

 

◆どちら側の立場で言うのか?

一応確認をしておきますが、

「接客」とは

・もてなす側

・もてなされる側

この二者がいて初めて成立するものです。

 

もう一度、先ほど出てきた「最高の接客の定義」をここで書いておくと、「心を込めて客の世話(待遇)をする程度が一番高いこと」です。

 

とりあえずこの段階では「最高の接客」を“もてなす側”の言葉として考えてみます。

接客する側にとっての「心を込めて客の世話をする程度が一番高い」ことを意味している状態です。

 

◆“最高”について考えてみる

以上の理由から、

ここでは「最高の接客=もてなす側」の言葉として定義します。

 

その上で「程度が一番高いこと=最高」についてもう少し深く考えて行きましょう。

 

ここではソフト面とハード面を考えて行きます。

ソフト面とは人の行動だったり、考え方だったり。

ハード面とは内装や設備のことを指すと定義します。

 

まずソフト面での“程度が一番高い”をみてみます。

 

“心を込めて客の世話”という部分。

つまり“”接客“のことです。

 

「心を込めて」を言い換えると、「愛情や配慮をもって」です。

「愛情や配慮をもつ」ことを、具体的にすると、その表現方法は人によりけりです。

 

色んな人がいて、色んな愛情表現がありますよね。

妊婦さんに対してする配慮と、50代の男性に対してする配慮は別物です。

相手によって、人によって心のこめ方は違いますね。

 

ってことは、ソフト面での最高の定義づけは出来ない。

という結論に至ります。

 

では、ハード面はどうか?

 

ハード面での”程度が一番高い“を考えてみると。

 

カトラリーは全部純金製とか。

椅子は最高級の物をオーダメイドでとか。

皿もそうですね。重要文化財クラスの物もありますし。

 

そんなこと言っていたら「最高の」なんてキリがありません。

そもそも価格だけで最高といっていいのか?

内装の好き嫌いもあるのではないか?

なんて話にも発展します。

 

「最高級の物」という少し抽象度を上げれば、

考えられますが、厳密に“最高”は定義づけが出来ません。

 

ということは、ソフト面でもハード面でも、

“程度が一番高いこと”の定義づけは出来ない。という結論になります。

 

◆自分おかれた環境、出来る範囲でという前提をつけてみる

そんな身もふたもない話してても、一向に前に進まないので、「自分おかれた環境、出来る範囲で」という前提をつけてみましょう。

 

もてなす側の「最高の接客」を、

「自分おかれた環境、出来る範囲で心を込めて客の世話(待遇)をする程度が一番高いこと」と定義づけします(現段階では)

 

この場合、ハード面は一気にクリアになりますね。

椅子だの内装だのは一朝一夕で変えられるものではありません。

 

時間、お金、モノの許す範囲でということです。

 

そうなったら、

カトラリーが汚れている。とか、

お店の中の温度が寒い。とか、

皿やグラスがチップしている。みたいな部分で、

減点されないように最高を目指していけばいいワケです。

 

神は細部に宿る。と言わんばかりに、

目に映るもの、手に触れるもの、全てに気を遣い、

“もてなされる側”に不快な思いをさせないようにすれば、

「程度が一番高い」のハード面はクリアです。

 

では、ソフト面はどうか?

 

自分の出来る範囲は人それぞれですね。

もてなす側の技量も価値観も人それぞれです。

 

自分の出来る範囲で。ということは、

自分の持てる時間、技量、価値観をフルに使うこと。

と定義することが出来ます。

 

前提条件が付けば、もてなす側にとっての“最高の接客”とは、

「自分の持てるリソース(時間・技量・価値観)をすべて使い、心を込めて客の世話をして、ハード面において減点が全くない状態」

これが最終地点です。

 

◆ここではじめて“もてなされる側”にとって最高が出てくる

ここまで有識者の方は、

「結局はお客さんが最高だって思うかどうかだろ!!!」

って言葉を言いたくて、言いたくてしょうがなかったと思います。

 

おっしゃる通りです。

ここまで我慢してくださってありがとうございます。

 

「もてなされる側がどう思うか?」によって、

「心を込めて客の世話(待遇)をする程度が一番高いこと」の定義は変わります。

 

もてなす側がどんなに心を込めた最高の状態を作ったとしても、

客側が「心がこもっていない。最高ではない」と判断したらそれまでだからです。

 

人によってはガンガン希望を聞いてくれることが最高と感じるかもしれません。

人によっては阿吽の呼吸でスッと出されることを最高と感じるかもしれません。

 

ゆえに、もてなされる側の価値観次第。という話です。

そうすると話が終わっちゃうんです。笑

 

そんな結論は誰にでもわかるので、もう少し考えていきます。

 

◆ここで少し、もてなす側がどうすればいいか考えます。

ここまでくると、最高の接客をする方法は一つです。

お客さんの頭の中に入って、こうされたら「最高だと感じてもらえる」事を知り体現することしかありません。

体現という言葉を使ったのは、「わかっても行動しなければ価値がないから」です。

 

でも、そんなことは不可能です。

 

じゃあ、最高の接客だと感じてもらう為にはどうするか?って言ったら、「“最高だと感じてもらえそう”と思うことを想像して体現する」しかない。

 

あくまで全部「仮定」です。

今、ここで○○をやったら喜んでくれそう…かな?

このタイミングで△△をしたら喜んでくれる…かな?

 

絶対的な答えが分からない以上、

全てにおいて「想像・仮定」の域を出ない。ということです。

 

想像・仮定をするには「よく見る、考える」といった作業が必要になります。

これも、もてなす側の力量、想像力、価値観によって左右されます。

 

だから「相手にとっての最高を想像して体現する接客」としか言いようがないわけです。

 

これが僕のファイナルアンサーです。

 

これは余談ですが、

もてなす側と、もてなされる側の価値観が近ければ近いほど、「最高の接客」をしやすくなるという事です。

価値観が近いほど、相手にとっての最高を想像しやすいからです。

 

◆まとめ

最終的な結論をまとめます。

 

最高の接客とは?と質問されたら、

僕は現段階では「相手にとっての最高を想像して体現する接客」と答えます。

 

なぜ、そう思うのか?と質問されたら、

・最高の接客=「心を込めて客の世話(待遇)をする程度が一番高いこと」である

・ソフト面もハード面も“程度が一番高い”を表現するのは不可能

・「自分の置かれた環境・出来る範囲で」という前提をつけさせてもらう

・ハード面は環境に依存するから、細部を意識し減点が無ければクリア

・ソフト面はもてなす側ともてなされる側の価値観に依存する

・ゆえに、最高であるだろう。と仮定・想像して体現するしかない。

と、思うからです。

 

まぁ、最初に出した結論は変わらないですけど、

言葉にすると自分の中でも整理がつきますよね。

 

いろんな意見があるとは思いますが、これが僕なりの答えです。

長かったと思いますがありがとうございました。

 

PS

自分がもてなされる側だった場合、“最高の接客”とはなにか?

を考えてみたんですけど、楽しそうに笑顔で接客してくれたら、「本当に良い接客するなぁ。俺はこんな風に出来ているかな?」と感心すると思います。

 

技量とか、価値観とか抜きで。

というか、僕にとっての“最高”の価値観は、

もしかしたら、「楽しそうに」なのかもしれません。

 

ディズニーのスタッフさんなんか、

とても楽しそうだから、僕はディズニー好きなんですよね。

 

やられてみないと、自分の価値観なんて気づかないものかもしれません。

みんな、きっとそんなもんなんでしょうね。笑

 

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